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    12月の聖句によせて

    • 2010.11.30 Tuesday
    • 17:56

     <クリスマス・メッセージ> 
     「さあ、ベツレヘムへ行こう。」
                      ルカによる福音書2章15節
     幼児期に体験した幸福感は一生の宝です。
     愛された体験とは、無条件に受け入れられ、抱きとめられ、存分に遊び、「お仕事」をなしとげたという達成感・満足感であったりします。少子高齢、経済的な先行き不安、グローバリズムによる市場経済化、無縁社会化など、わたしたちを取り巻くニュースは「教育」を、ともすると歪める傾向を生み出しています。


     最近長年の牧会生活を終えていよいよ隠退を間近に控えた老牧師の話を聞く機会がありました。お話しを聞いていてひとつだけ気になった言葉がありました。それは「評価」という言葉です。老牧師さんはさかんに「評価」という言葉を使われました。確かにわたしたちはたえず「評価」というものにさらされています。大切なことは、適切に「評価」したり、されたりすることによって、人が苦難を乗り越え力をもち、幸福になり、成熟してゆくことでしょう。


     こどもたちもある種の「評価」にさらされています。最近のこどもたちに見られる傾向として、「失敗を恐れる」という傾向が指摘されています。こどもたちは失敗することをとても悪いことのように受けとめてしまい、失敗した「自分」を否定的に捉えてしまうというのです。幼児期に「できる」「できない」という「二元的評価」という物差しにさらされていると、その「評価」の視点がこどもに「感染」してしまうのです。
     「評価」は避けられません。しかしこどもたちは「失敗しながら成長する」のです。適切な「評価」とは、「できる」「できない」という「二元的」であってはなりません。適切な課題はこども自身が見つけだすのです。大人が与える課題は往々にして大人の期待の延長にすぎないことがあるものです。だから適切でない課題を課してしまうという「二元的評価の罠」に大人が陥る危険があるのです。
     作曲家岩代太郎さんが、「わたしが子どもだったころ」セレクションに登場します。好評で再々のアンコール放送です。(12月15日(水)午後2時半)NHKのホームページから紹介文を引用します。
     この番組をみて、太郎さんの父親浩一さんも作曲家でしたが、このお父さんは素晴らしい教育者だと思いました。詳しくは是非とも番組をみてほしいのですが、学校から太郎さんが帰宅すると、太郎さんがおもわずこころを惹かれるものを、お父さんはさりげなく準備していたのです。あたかもそれが太郎さんにとって劇的な感動の体験と出会ったと思わざるを得ないような用意周到な演出でした。太郎さんはピアノを習いたいとお父さんにお願いするようになります。「二元的評価」の罠にはまった親の音楽を習わせようという期待に子どもが応えることは困難なばかりではく音楽嫌いを創り出しさえしますが、浩一さんは太郎さんにまず音楽を聴く喜びを体験する機会を準備したのです。喜びの体験は習熟への飽くことのない集中をこども自身を向かわせます。ここに、達成感や満足感、歓喜が体験され、さらなる精進をいとわぬ修練への欲求が形成されてゆきます。
     
     幼児期に、「スパルタ式」の負荷をかけて、「何々ができるようになる」と謳う「教育法」が人気を呼ぶ背景には、不断の「評価」にさらされ続ける大人社会の先行き不安があるでしょう。けれども、社会が極度に貧しかった時代にも、珠玉のような才能を開花させる人々が生まれてきました。一言も親から「勉強しなさい」と言われなかったのに、偉大な学者になった人は多くいますが、強いられて大成した人はどれだけいるでしょうか。
     
     二千年前のパレスチナは、民衆の多くは飢餓線上でかろうじて、しかしなお、たくましく生きていました。なかでも羊飼いは、経済的にも貧しく、野宿に近い日々が続く過酷な日常を生きていたことでしょう。名もなく貧しく美しく生きていた人々は、社会的な「評価」としては下層に位置していた筈です。しかし、彼らの魂は、おどろくほどの気高さ、聡明さに満ちていました。騙すよりは騙されることを選ぶ気品すら漂わせていました。何の野心もなく、ただ羊を愛し、羊と共に生きることに無上の喜びを見いだしていました。彼らは人からの評価を望むのではなく、神さまからの評価を欲していたのです。
     
    そんな「小さき人々」を選んで、神さまは人類の救い主の誕生の瞬間に立ち会う光栄を授けたのです。人のどのような「評価」もこの光栄に勝るものはありません。彼らは「できる・できない」という「評価」ではなく、神と共に生きる喜びに感動し得る魂を、「評価」されたのです。
     クリスマスの歓喜は天使も総動員、宇宙全体を覆います。この感動をこどもたちは体験し、成長するのです。

    12月の聖句によせて

    • 2010.11.30 Tuesday
    • 17:56

     <クリスマス・メッセージ> 
     「さあ、ベツレヘムへ行こう。」
                      ルカによる福音書2章15節
     幼児期に体験した幸福感は一生の宝です。
     愛された体験とは、無条件に受け入れられ、抱きとめられ、存分に遊び、「お仕事」をなしとげたという達成感・満足感であったりします。少子高齢、経済的な先行き不安、グローバリズムによる市場経済化、無縁社会化など、わたしたちを取り巻くニュースは「教育」を、ともすると歪める傾向を生み出しています。

     最近長年の牧会生活を終えていよいよ隠退を間近に控えた老牧師の話を聞く機会がありました。お話しを聞いていてひとつだけ気になった言葉がありました。それは「評価」という言葉です。老牧師さんはさかんに「評価」という言葉を使われました。確かにわたしたちはたえず「評価」というものにさらされています。大切なことは、適切に「評価」したり、されたりすることによって、人が苦難を乗り越え力をもち、幸福になり、成熟してゆくことでしょう。

     こどもたちもある種の「評価」にさらされています。最近のこどもたちに見られる傾向として、「失敗を恐れる」という傾向が指摘されています。こどもたちは失敗することをとても悪いことのように受けとめてしまい、失敗した「自分」を否定的に捉えてしまうというのです。幼児期に「できる」「できない」という「二元的評価」という物差しにさらされていると、その「評価」の視点がこどもに「感染」してしまうのです。
     「評価」は避けられません。しかしこどもたちは「失敗しながら成長する」のです。適切な「評価」とは、「できる」「できない」という「二元的」であってはなりません。適切な課題はこども自身が見つけだすのです。大人が与える課題は往々にして大人の期待の延長にすぎないことがあるものです。だから適切でない課題を課してしまうという「二元的評価の罠」に大人が陥る危険があるのです。
     作曲家岩代太郎さんが、「わたしが子どもだったころ」セレクションに登場します。好評で再々のアンコール放送です。(12月15日(水)午後2時半)NHKのホームページから紹介文を引用します。
     この番組をみて、太郎さんの父親浩一さんも作曲家でしたが、このお父さんは素晴らしい教育者だと思いました。詳しくは是非とも番組をみてほしいのですが、学校から太郎さんが帰宅すると、太郎さんがおもわずこころを惹かれるものを、お父さんはさりげなく準備していたのです。あたかもそれが太郎さんにとって劇的な感動の体験と出会ったと思わざるを得ないような用意周到な演出でした。太郎さんはピアノを習いたいとお父さんにお願いするようになります。「二元的評価」の罠にはまった親の音楽を習わせようという期待に子どもが応えることは困難なばかりではく音楽嫌いを創り出しさえしますが、浩一さんは太郎さんにまず音楽を聴く喜びを体験する機会を準備したのです。喜びの体験は習熟への飽くことのない集中をこども自身を向かわせます。ここに、達成感や満足感、歓喜が体験され、さらなる精進をいとわぬ修練への欲求が形成されてゆきます。
     
     幼児期に、「スパルタ式」の負荷をかけて、「何々ができるようになる」と謳う「教育法」が人気を呼ぶ背景には、不断の「評価」にさらされ続ける大人社会の先行き不安があるでしょう。けれども、社会が極度に貧しかった時代にも、珠玉のような才能を開花させる人々が生まれてきました。一言も親から「勉強しなさい」と言われなかったのに、偉大な学者になった人は多くいますが、強いられて大成した人はどれだけいるでしょうか。
     
     二千年前のパレスチナは、民衆の多くは飢餓線上でかろうじて、しかしなお、たくましく生きていました。なかでも羊飼いは、経済的にも貧しく、野宿に近い日々が続く過酷な日常を生きていたことでしょう。名もなく貧しく美しく生きていた人々は、社会的な「評価」としては下層に位置していた筈です。しかし、彼らの魂は、おどろくほどの気高さ、聡明さに満ちていました。騙すよりは騙されることを選ぶ気品すら漂わせていました。何の野心もなく、ただ羊を愛し、羊と共に生きることに無上の喜びを見いだしていました。彼らは人からの評価を望むのではなく、神さまからの評価を欲していたのです。
     
    そんな「小さき人々」を選んで、神さまは人類の救い主の誕生の瞬間に立ち会う光栄を授けたのです。人のどのような「評価」もこの光栄に勝るものはありません。彼らは「できる・できない」という「評価」ではなく、神と共に生きる喜びに感動し得る魂を、「評価」されたのです。
     クリスマスの歓喜は天使も総動員、宇宙全体を覆います。この感動をこどもたちは体験し、成長するのです。

    クリスマスをおもいでに

    • 2010.11.10 Wednesday
    • 16:14
    ようちえんでえんじたページェントは、たましいのたからものになるでしょう。
     「ぼくははかせさん、わたしはてんしよ。」
     おとなになっても、おもいだすと、なんだかこころがあったかくなる。たのしいし、
    でもなんだかピリッとしている。
     「こんばんはひつじかいさんになるんだ。どんなにうれしかっただろう。だって、
    イエスさまがお生まれになることをイチバンさきにおしえてもらんったんだよ。」
     こどもたちは「やく」にぼっとうして、セリフもぜんぶあんきしてしまいます。
    おおきくなってからアルバムをひらくと、しまってあったおもいでがいっきにひらくでしょう。
     これは、せかいではじめてのクリスマスのおはなしです。
     せかいではじめのてクリスマスは、2000ねんもむかし、
     ユダヤのいなかのベツレヘムで、
     マリアとヨセフのふたりだけでむかえました。
     そのふしぎなおはなしは、ひとからひとへとかたりつがれ、
     いまではせかいじゅうのひとびとが、
     クリスマスをおいわいし、
     せかいじゅうのきょうかいで、
     「かみさまありがとうございます」と、れいはいがささげられます。
     ほらみみをすましてごらんなさい。
    てんしたちのおしゃべりがきこえます。
    「ことしはどんなページェントかしら。」
    「ホザナからげんきなうたごえがきこえてくるよ。」
    「ステキなクリスマスになりそうね。」
    せかいではじめてのクリスマス。さぁ、みんな、みにきてください。
                      2010.12月ホザナようちえん
                        えんちょう しみずよしお

    クリスマスをおもいでに

    • 2010.11.10 Wednesday
    • 16:14
    ようちえんでえんじたページェントは、たましいのたからものになるでしょう。  「ぼくははかせさん、わたしはてんしよ。」  おとなになっても、おもいだすと、なんだかこころがあったかくなる。たのしいし、 でもなんだかピリッとしている。  「こんばんはひつじかいさんになるんだ。どんなにうれしかっただろう。だって、 イエスさまがお生まれになることをイチバンさきにおしえてもらんったんだよ。」  こどもたちは「やく」にぼっとうして、セリフもぜんぶあんきしてしまいます。 おおきくなってからアルバムをひらくと、しまってあったおもいでがいっきにひらくでしょう。  これは、せかいではじめてのクリスマスのおはなしです。  せかいではじめのてクリスマスは、2000ねんもむかし、  ユダヤのいなかのベツレヘムで、  マリアとヨセフのふたりだけでむかえました。  そのふしぎなおはなしは、ひとからひとへとかたりつがれ、  いまではせかいじゅうのひとびとが、  クリスマスをおいわいし、  せかいじゅうのきょうかいで、  「かみさまありがとうございます」と、れいはいがささげられます。  ほらみみをすましてごらんなさい。 てんしたちのおしゃべりがきこえます。 「ことしはどんなページェントかしら。」 「ホザナからげんきなうたごえがきこえてくるよ。」 「ステキなクリスマスになりそうね。」 せかいではじめてのクリスマス。さぁ、みんな、みにきてください。                   2010.12月ホザナようちえん                     えんちょう しみずよしお

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