2017年10月聖句によせて  「アブラムは、主の言葉にしたがって旅立った。」  創世記12章4節

  • 2017.10.02 Monday
  • 00:40

◆聖句によせて  「アブラムは、主の言葉にしたがって旅立った。」  創世記12章4節

 

 初代文部大臣森有礼の孫に森有正という人がいました。

 

お父さまは森明といい、キリスト教の牧師でした。

 

有正氏は生後間もなく幼児洗礼を受け、6歳の頃からフランス語やラテン語を学び、終生フランス語で思索することができた希有な方でした。

 

 

 東京大学の職を辞しフランスに永く暮らされ、ヨーロッパの基督教の息吹をパリから美しくも鮮烈な文章で送り続け、多くの人を魅了しました。

 

 

 パイプオルガンの名手でもあり、哲学的思索と音楽に生きるということの美しさを体現されたような人として、わたしは今も強く憧れています。

 

 

 同氏が国際基督教大学で、講演されたアブラハム物語についての省察は、青年時代のわたくしに強烈な啓示的な感動を与えました。

 

 アブラハムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教を創始したといっても言い過ぎでない世界宗教の源流に位置する人物です。

 

 イスラエルという名を神によって与えられたヤコブは、アブラハムの孫にあたります。

 

 創世記は、アブラハム、イサク、ヤコブの物語で大半をしめています。

 

 「信仰の祖」と言われるこの人を神は、召し出されました。いわゆる「召命」の出来事です。

 

 神さまによって、呼び出された出来事を、「召命」と呼んでいるのです。

 

 英語では、コーリングと言います。まさに神さまが呼んだ出来事だからです。

 

 英語でもドイツ語(「ベルーフ」)でも天職を意味する言葉は、「神さまが呼び出された」という意味から言葉が形成されています。生業に生きることは神の呼び出しだというのです。

 

 アブラハムは、神の声を聴いて、行き先を知らずして旅立ちました。

 

 およそ旅立つという行為は、行き先をめざして出発するものですが、アブラハムは、行き先を知りませんでした。

 

 神はただ「私が示す地へ行きなさい」とだけ命じられたのでした。

 

 森有正氏のフランス行きも、神の声を聴いたからかもしれません。

 

 同氏は、この「行き先を知らず」に旅だったアブラハムの姿に、信仰というもの事柄の原点を見ていたと思います。

 

 わたしたちの人生も、実は旅先を知らない旅そのものではないでしょうか。

 

 わたしたちは、常に、この旅の途上にあるのではないでしょうか。

 

 「一瞬先は闇」のような世界だけれども、わたしたちは、安心して旅を続けています。

 

 どうして安心していられるのか。患難辛苦も時には襲来する。安穏平和な日々もある。

 

 辛いときも、悲しい時も、喜びの時も、わたしたちの旅を根底から支えて、その都度、行くべき道を示してくださる方がいることを感じます。

 

 人生は苦しみさえもひっくるめて、神さまに導かれている。

 

 こうした安心立命の旅を、アブラハムは一番最初に人類に示してくれました。

 

 森有正氏もその旅に生き、そして逝った、わたしはそう思っています。

 

 

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