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    5月の聖句 「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。」         コリントの信徒への手紙 4章16節

    • 2017.04.27 Thursday
    • 17:24

     目には見えない事物。事物は「モノ」とは限りません。

     

    「事」(こと)でもありますから。

     

    「こと」とは、さしあたって「事柄」と考えましょう。

     

     事柄となると、「モノ」のように、具体的・物体的なものではなく、「ストーリー」「ものがたり」のように、「起承転結」をもち、「状況」や、「キャスト」(登場人物)が出てきたりします。

     

     ある出来事が起こるとします。

     

     げんきがよく、好奇心旺盛で、面白がり、楽しい性格で、なんでもやってみたいという意欲もさかんなお友だちです。自分の気持ちをすぐに表情に表す素直なお友だちです。

     

     わたくしたちは「成熟したおとな」として、このようなお友だちが神さまからいただいている天性の賜物(ギフト)が正常に成長してゆくことを、心から願い、祈りつつ見守ることこそが教育だと考えています。

     

     このお友だちは、いろいろな事件(出来事)に遭遇します。事件と出来事は、ドイツ語では同じ言葉を使用することがあります。(Ereignis)

     

     ある日、このお友だちは、仲良しのお友だちに、面白いことをしてみます。

     

     面白いことは、こどもたちの世界では日常的に生起します。また生起しなければなりません。

     他者との適切な距離の取り方を学ぶ練習をしないままでは正常な成長をすることは望めないからです。

     友だち同士で、楽しい事を共有したり、共感しあったりする機会は、他者とのかかわりをもつなかで、お互いの内面のなかで、どういう「ストーリー」が生起しているかを読み解く経験が必要です。

     

     この内面的なストーリーを読み取れないと、「成熟したおとな」になることができません。

     

     この内面的な事件(出来事)は目には見えません。

     

     小さなお友だちの言葉を、この内面的な事件を洞察することなしに、文字通り「いうがまま」に受け取るとしたら、わたしたちは時にとんでもない過ちを犯すことになります。

     

     こどもたちの内面的な事件の相互的な交流自体もまた目には見えない出来事です。

     

     教育者は、ここで生起しているinvisible events (不可視の出来事)を見つめるべきです。

     

     もちろん保護者は第1の教育者です。

     

     

    JUGEMテーマ:建学の精神

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