2017年1月 聖句によせて

  • 2016.12.19 Monday
  • 21:46

「事実, ヘレン ・ ケラ ーは, すべての人々にあまねく知れわたった非凡な人間の驚くべき実例てす。 というのは, 生れつき視聴覚障害という閉じ込められた人間の精神を, 感覚教育によって解放することができるという実例だからてす。 ここに私の教育法の基礎となるものがあり, この本はその考えを簡潔にまとめたものてす。」   『わたしのハンドブック』序文より

 

 マリア・モンテッソーリは、その著書の冒頭で、ヘレン・ケラーに言及しています。彼女は、光を見ることはありませんし、音を聴くこともありません。しかし、驚くべきことに、彼女の語ることば、書く文章には高度に抽象的で、詩的で、かつ繊細な情感と高貴な道徳性に溢れています。

 

 わたくしは、この聖書のことば、「光の子として歩みなさい。」という言葉に触れるとき、光を経験することなしに、光を感じることができる人々を想像します。 視聴覚の感覚器官を経由せずに、他の感覚器官によって、それらの経験内容を感得することを、この人々はしています。これは奇跡以外の何でしょうか。

 

 モンテッソーリが、この奇跡を教育法の基礎として、感覚教育を構想しているとすれば、わたくしたち親、保育者らも、この閉じ込められた感覚器官の限界を超越してゆく、解放してゆく可能性を信じるべきではないでしょうか。

 

 いまだ見えぬものを観、いまだ聞こえぬもの聴く、光を感じえぬところで、光のなんたるかを感じとる、この奇跡を信じるところに基礎をおく教育。モンテッソーリ教育は、この「奇跡を信ずること」を、基本的態度とする教育といえるでしょう。

 

 この言葉は、その人から表出される「生きる態度全体」を、「光」という象徴を用いて表しています。

 

 ヘレン・ケラーのような人は、音も光もない世界に生きながら、人が発する「光」を、光として確実に認識する精神の自由を生きています。

 

 このような人の前で、わたしたちも、またわたしたちのこどもたちも、「光の子」として、認められる存在として生きる者となりなさい、と、神さまは、うながしておられます。

 

 神さま、どうかわたしたちがわたしたちのこどもたちが「光の子」としての輝きを輝かせて生きるものとなるように、心から信じ、願います。 

JUGEMテーマ:建学の精神

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