2016年12月4日アドベント第二主日 『神さまからの贈り物』

  • 2016.12.05 Monday
  • 19:51

『神さまからの贈り物」

                                           イザヤ 59:12〜20

 御前に、わたしたちの背きの罪は重く わたしたち自身の罪が不利な証言をする。

 背きの罪はわたしたちと共にあり わたしたちは自分の咎を知っている。

 主に対して偽り背き わたしたちの神から離れ去り 虐げと裏切りを謀り 偽りの言葉を心に抱き、また、つぶやく。

 こうして、正義は退き、恵みの業は遠くに立つ。

 まことは広場でよろめき 正しいことは通ることもできない。

 まことは失われ、悪を避ける者も奪い去られる。

 主は正義の行われていないことを見られた。

 それは主の御目に悪と映った。

 主は人ひとりいないのを見 執り成す人がいないのを驚かれた。

 主の救いは主の御腕により 主を支えるのは主の恵みの御業。

 主は恵みの御業を鎧としてまとい 救いを兜としてかぶり、報復を衣としてまとい 熱情を上着として身を包まれた。

 主は人の業に従って報い 刃向かう者の仇に憤りを表し 敵に報い、島々に報いを返される。

 西では主の御名を畏れ 東では主の栄光を畏れる。

 主は激しい流れのように臨み 主の霊がその上を吹く。

 主は贖う者として、シオンに来られる。ヤコブのうちの罪を悔いる者のもとに来ると 主は言われる。

 

青春時代とさしむかう林住期

 「主は贖う者として、シオンに来られる。ヤコブのうちの罪を悔いる者のもとに来ると」

 

 本日は、高校時代の同窓生である山内健治君と母上であられる信子姉妹をお迎えして、アドベント第二主日の礼拝を守れることを、主イエスに感謝します。

 山内君と三年間を共に過ごした、東京都立秋川高等学校は、ウィキペデイアの記述によると、「1965年(昭和40年)開校。校名は、秋川渓谷に由来する。東京都唯一の全寮制普通科高等学校であった。イギリスの全寮制名門校イートン・カレッジをモデルとし、本格的なパブリック・スクールを目指した。」とあります。

 入学までの春休み中に、パブリック・スクール卒業生の池田潔氏になる『自由と規律−イギリスの学校生活』(岩波新書)を課題図書として読むことが義務づけられ、わたしたちが入学した当時は、全員が大学進学を前提とした教育方針だと説明されていました。

 わたしたちは、開学以来6期生であり、まだ当時は一期生が大学生だったことになります。

 英国風のパブリック・スクールをモデルとは言っても、教育の伝統の違いは歴然としていて、むしろ、教師や、先輩たちは、精神的に旧制中学のばんカラ風を気取った気風を模倣したいような雰囲気があったと思う。

 全国で唯一の全寮制普通科公立高校だという事を気負うあまり、かつての選良を教育した旧制中学・高校の再現と自らに言い聞かせていたのかもしれません。

 パブリック・スクールとばんカラという奇妙な憧れがないまぜになった気分の男子ばかりの寮生活は、お互い遠慮なく、夜を徹して口角泡を飛ばして議論もするような、人格と人格がぶつかりあうような経験だったと思います。

 卒業して、40年以上も経過した今も、魂の内奥にあるものが、当時とほとんど変わっていない自分を感じています。

 そういう意味でも、山内君と久しぶりに会うという、この度の経験は、青春時代の荒削りだった自分自身と向き合うような、懐かしさというよりも、畏れに近いものを感じています。

 人生も、インドのヒンドウーの人生区分によれば、 森林に隠棲して修行する時期、林住(棲)期(ヴァーナプラスタ、50才〜74才)に入って、人生をふりかえりながら、次の世代に、さまざまなものを託してゆくべき年代になりました。

 青年時代の、熱情に溢れてはいたが、方向性が定まらず、目的が見えなかった彷徨の季節のひとこまひとこまを、ひとつひとつ噛みしめながら、残りの人生を神さまと隣人への責任を果たして、過ごしてゆきたい。そういう思いにかられています。

 

  奇跡の人

 今朝は、ヘレン・ケラーと直にお出会いなさった経験をお話してくださるということでしたので、映画の『奇跡の人』を、DVDを購入して観ることにしました。お恥ずかしいことですが、『奇跡の人』を、通して観たのは今回がはじめてでした。これまでも何度もその機会がありながら、避けてきた気がします。無意識のうちに、避けていたのかもしれません。もしも、ヘレン・ケラーの苦しみや、痛みを垣間見てしまったら、自分自身の人生は「どえらいことになってしまう」のではないかという予感を感じていたのかもしれません。

 わたしには、彼女の痛みがわからないし、想像することもできません。想像できないことをいいことに、想像しようとしてこなかったのかもしれません。想像を絶する痛みを、避けていたのかもしれません。  何度もDVDをとめて、また再生することを繰り返しました。苦しかったのです。いまでも反芻しています。

 アン・サリバン先生自身が、視覚障害者であり、辛い幼年期を施設で過ごしてきた女性でした。足の不自由な弟を、失った心の傷を抱えて、幾度もその記憶がフラッシュバックするシーンが出てきます。「奇跡の人」というのは実は、サリバン先生を、「ミラクル・ワーカ−」として賞賛した言葉でした。彼女は、ヘレンの人格のなかに隠れている、「神さまが与えたもうた贈り物」が絶対に存在している、という確信を、揺るぎなく持ち続けました。「神が与えたもうた贈り物」を信じて、教育し続けてたことが、ついに、言葉の発見へと導いたのでした。

 「水」という記号と、水そのものが言語であり、水の「存在」が対応関係にあって、あらゆる「存在」は言葉によって認識されており、その言葉によって人は物事を考えたり、伝えあったりするのだということを、彼女は突如として知りました。井戸水をくみ上げて、手にしたたり落ちるその流れを感じ取って、その事を「発見」した7歳の彼女の感動は、それまでのサリヴァン先生との苦闘の痛みをすべて忘却させるほどの感動を伴ったと彼女は書いています。

 その感動の意味を、もしも本当に自覚するなら、学ぶということの全体像が根底から変わってしまうかもしれません。

 痛み。ほかでもないこの「わたしが痛むと」いう意味で、わたしは固有な痛みを痛んでいます。しかし、わたしはこの固有な痛みを痛むことができることで、ほかの隣人が痛むということの固有さを、完全には知りえないにしても、幾分かは、このわたしの痛みを通して、類推し、想像することできるはずです。

 サリバン先生は、自身が視覚障害者として、指で文字を伝えるという「言語」を、彼女自身の障害を克服する過程で身につけました。驚きべきスピードで、先生はヘレンに、世界を指で伝えることに成功しました。

 痛みは、人と人とをつなぐ源になったのです。痛みを源泉として、成熟した人格関係を築きえる動物は、おそらく人間だけでしょう。しかも、その痛みを崇高な喜びへと導くことも人はできるのです。

 サリバン先生を、おそれて逃げ惑っていたヘレンは、あの「言葉の発見」の出来事から、深い尊敬・敬愛、信頼を寄せるべき「先生」と呼ぶように変わりました。これは回心と呼ぶべき程の劇的な信頼関係構築の瞬間でした。

 この発見によってヘレンのなかに起きたことを「奇跡」と呼び、この「奇跡」をもたらした働き人を、「奇跡の人」(ミラクル・ワーカー)と人々は呼んだのでした。

 ヘレン・ケラーが生涯かかえていた痛みを、彼女は次のように記しています。

 「子ども時代の悲しみの多くは、その当時の痛切な思いが消え失せており、また、幼い時に受けた教育の重要な出来事も、すばらしい発見の感激に埋もれ、忘れてしまったものが多い。」

 彼女は発見の喜びによって、痛切な思いは消え失せ、埋もれてしまったというのです。

  痛みを類推し、想像することも大切ですが、それ以上に、痛みを消え失せ、埋もれてしまわせるほどの感動の喜びを、また彼女のように、感じ取ることができると、もっと早くに知っていればと思います。

 わたしが密かに恐れていた回避的な逃亡などしないで、もっと早く、彼女の感動に共に響き合うべきでした。今は、人生のもっと早くに、ヘレン・ケラーと出会うべきだと思っています。

 小学校向きの伝記シリーズのなかで、一年生向きの伝記を見つけました。ヘレン・ケラーのことは、その一番最初に、選ばれています。(『10分でわかる伝記一年生』)

 こどもたちには、言葉と具体的な存在物との対応関係をヘレンが発見したことが、どんなにか大きな喜びであったかを、まず最初に知ってほしいと、教育者たちは願ったのでしょう。

 

 もうひとりの奇跡の人

  「こうして、正義は退き、恵みの業は遠くに立つ。まことは広場でよろめき、正しいことは通ることもできない。

 まことは失われ、悪を避ける者も奪い去られる。主は正義の行われていないことを見られた。 それは主の御目に悪と映った。」

 

 もうひとつ、わたしは驚きをもって、神さまに感謝したい事としてお話したい事があります。

 それは、ヘレン・ケラーが三重苦を克服して、高度な詩文をかいたり、思想を構想したり、社会運動に先見的な発言をすることができただけでなく、時代の流れに流されることなく、人と人との変わることのない友情を、戦争という人と人とを流血で引き裂く圧倒的な力にも、決して揺らぐことなく保持し続けることができた人格的高潔さに、わたしは目を瞠るのです。

 彼女の伝記を翻訳し、日本ライトハウスを創設した岩橋武夫氏との変わらぬ友情にそれを観ます。

 

 本日は山内君が、沖縄学徒として、紹介してくださるでしょうが、沖縄の隣人は、わたしたちの同胞であり、聖書的に言うのであれば、「神さまが与えてくださった大切な兄弟姉妹という贈り物」です。

 東村盥召任蓮△△の「オスプレイパッド」建設が強行され、神が何十万年もかけて創生してきた貴重な森、森の生き物が蹂躙され、住民の方々は、何十年間も休むことのない米軍基地による苦しみの生活を強いられています。沖縄の痛み、苦しみを、わたしたちはどのようにかしても受けとめるという良心を、わたしたちは神さまに祈り求めたいと思います。ここでも私たちは、避けて通りたいという逃げ腰になりそうな自分たちを知っています。

 預言者の言葉は、同時代的に胸を打ち鳴らします。

 

 「御前に、わたしたちの背きの罪は重く わたしたち自身の罪が不利な証言をする。

 背きの罪はわたしたちと共にあり わたしたちは自分の咎を知っている。

 主に対して偽り背き わたしたちの神から離れ去り 虐げと裏切りを謀り 偽りの言葉を心に抱き、また、つぶやく。

 こうして、正義は退き、恵みの業は遠くに立つ。まことは広場でよろめき 正しいことは通ることもできない。」

 

 わたしたちの「咎」。それは、「神さまからの贈り物」であるわたしたちの兄弟姉妹を犠牲にして、自分たちの生活の安寧のみを貪ることではないでしょうか。

 わたしたちは、幸福に生きていられる喜びを感謝しますが、この幸福の足下には、兄弟姉妹の犠牲という土台があり、その上に乗っかっている安寧を貪っている「幸福」ではないのだろうか。

 

 このように、預言者は、わたしたち自身の限りない原罪を糾弾してやみません。

 

 わたしは、岩橋武夫の要請を受けて戦後二度目の来日を果たして、2人が抱き合って再会したという事実に感動を覚えます。

人と人とを引き裂く、時代精神、戦争という嵐にも、ふたりの間の友情は揺らぐことはなかった。わたしは、この2人の闇の世界に住む老人同士の深い友情に、高貴なものを観ます。

 

 彼女が、広島を訪問したとき、彼女には、何も見えず、聞こえないのに、彼女は涙を流して、広島の犠牲者の死を悼んだそうです。その高貴な精神は、米国が犯した原爆投下という事実を心から悔い改める「砕かれし魂」ではなかったでしょうか。

 

 「主は贖う者として、シオンに来られる。ヤコブのうちの罪を悔いる者のもとに来ると」

 

  「ヤコブのうちの罪」とは、イスラエルの開祖ヤコブの罪です。

 

 ここには、自らのアイデンティティーの源である開祖の罪を悔いるという、驚くべき痛悔の精神が語られています。

 自分たちの先祖を誇り、おごり高ぶるのではなく、先祖の罪を悔いる者にこそ、主は贖い主として来られるのだというのです。

なんという高潔さでしょうか。

 この痛悔こそが、何十万人もの生命を奪った原爆の痛みを、わが罪として痛悔する涙となって、彼女の頬を浸したのでありましょう。

 

 この涙を流す者ゆえに、岩橋氏と涙の再会ができたのだと思います。

 

 

JUGEMテーマ:建学の精神

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