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    1月の聖句によせて

    • 2014.03.05 Wednesday
    • 19:45
    ◆聖句によせて 「おのおのの部分は分に応じて働いて体を成長させ、自ら愛によって造り上げられてゆく。」
                                  エフェソの信徒への手紙4章16節  
     ここで聖書が語っているのは、キリスト者共同体とは、あたかも一個の人格をもった身体だということです。

     人と人とが織りなす共同体は、キリストという人格の肢体(からだ)なのだと言うのです。

     これは比喩表現ですが、社会すなわち人と人とがかかわり合いながら共に生きているという事態を、神のひとり子なる神=イエス・キリストの肢体(からだ)と対応させているのです。

      この対応関係を、類比(アナロジー)と呼ぶことができるでしょう。
       ひとりひとりの人は、キリストの肢体のどこかしらの「部分」としての賜物をいただいており、その「部分」としての働きなしには、「全体」としての肢体も十全な働きをなすことができない。  どんな個性の持ち主も、その人に固有な神さまが与えた賜物があります。

     人はその賜物を活かし、何十倍、何百倍にも花咲かせ、結実させることを、神さまより望まれています。

     そしてそのことによって他の人と結びあい、「全体」としての社会=キリストの肢体を造り上げてゆく存在だというのです。  人と人とが互いに結び合う力、それこそ神の与えたもう「愛の力」です。神の愛の力によって、人は互いに、必要な存在として求め、与え、結び会い、キリストの愛を実現する社会を形成してゆく・・・・。聖書はこのように人と人との交わりをイメージしています。    このような社会を作り出せたら、どんなにかよいでしょう。

     キリストの人格と相似た人格を、一人ひとりが造り上げ、キリストの肢体と相似た社会を造り上げること。まるでユートピアのような比喩ではないですか。けれども人類が目指している社会がこのような社会であることは間違いのないことだと、私は信じます。

     子どもたちを、キリストの香りに満ちた愛の人格者になることができるように、祈り導くことは、わたしたち大人の責任です。

     共に、この崇高な目標をたえず見上げて歩んでいきましょう。
    JUGEMテーマ:建学の精神

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